今回の演目のあらすじ

半蔀 はじとみ

都の北、紫野の雲林院の僧(ワキ)は、九十日に及ぶ夏の修行も終わりに差し掛かっていた。折しも黄昏時、立花供養をしていると一人の女(前シテ)が現れ、白い夕顔の花を手向ける。女は僧と言葉を交わし「五条あたりに住む者」と云い残し、花の蔭に消え失せてしまう。夕顔の花の精なのか。『源氏物語』の夕顔の上の化身だったのか。(中入)僧が五条あたりに赴くと、草が生い茂り、寂寞とした秋の景色が広がっていた。女(後シテ)は、夕顔の花が這いまつわる半蔀から現れた亡き夕顔の上だ。
夕闇に白く浮かぶ夕顔の花が縁で光源氏と結ばれた在りし日の幸せに満ちた甘美な思い出を語り、慕情を舞う。懐旧の舞(序之舞)。夕顔の上が「夜の明けぬうちに」と、蔀の中に入っていくと、僧の夢も覚める。
『源氏物語』の夕顔の巻の悲劇の結末を心の深層に置きつつも、儚くも幸せだった夕顔のもうひとつの真実を表現したい。 (宮下昌子記)

文荷 ふみにない

太郎冠者と次郎冠者は、主人から恋文を届ける仕事を言いつけられますが、持ちたくないので押しつけあいます。しかたなく文に竹を通して二人でかつぐことにしますが…。

山姥 白頭 やまんば はくとう

都に山姥の曲舞を舞う百万山姥といわれる遊女(ツレ)が善光寺参りをするため従者(ワキ)を連れ境川に到着します。土地の者(アイ)に道を尋ねると「上道」「下道」「上路越」があり、上路越が一番険しいが尊い道であると教えられ、その道を選択し善光寺へ向かおうとすると急に日が暮れてしまいます。泊まるところもなく困っていると女(シテ)が宿を貸そうと現れます。その女は遊女に山姥の曲舞を舞うよう所望し、月夜に真の姿をみせようと言い捨てて消え失せると、先程まで暗かった辺りは急に明るくなります。(中入)やがて山姥(後シテ)が現れ、人の世の悦びや恨みそれらは絶対観からすれば相違はないなど仏教観念から説き、また山廻りは衆生の輪廻の苦しみを現すものであり、春は花、秋は月、冬は雪を尋ねて山廻りする雄大な大自然の有様を見せ、姿を消します。
小書「白頭」は山姥の雄大さを、更に強くスケールアップされたものです。  (梅若基徳記)